2014年 09月 16日
敬老の日 |
母は昭和元年生まれ....
生母を3歳で亡くした後 継母3人との出逢いの中
祖父母や叔父さん叔母さんに可愛がられたそうです。
師範学校を卒業した母は 小学校の教諭をしていました。
本当は東京の学校に行きたかったそうですが
義理のお母さんに言えず 地元の師範学校へと進級。
私達3人の子供達には教育は首都である東京でという
自分が果たせなかった夢を 継がせてくれ
兄妹そして私と東京の大学を受験させてくれ進学しました。
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最初の赴任先は佐賀県呼子です。
山下酒造という旧家に下宿し 2年間教鞭をとっていた母。
戦争中で食料がない時代 山下家のご当主のお祖父様は
母に飢えることないよう優しい配慮をしてくださり
下宿代もいただかれず 娘同様に可愛がられたそうです。
そこには息子さんが戦死され 遺された若き未亡人とひとり娘さんが
いらっしゃり、たくさんの蔵男の方々 お手伝いさんが同居され
戦争中でありながら笑いが絶えない楽しい日々を過ごしたそうです。
私が嫁ぐ前の夏 一ケ月間 その山下家に花嫁修業で住み込ませていただきました。
母から娘へとご縁繋ぎをしていただきました。
今日は敬老の日。
東京から帰省している娘と一歳になる孫娘と 山野草のアレンジ花を持って
母に逢いに行きました。
とても喜んでくれた母。
敬老の日の食卓は兄嫁が 栗のお赤飯や煮物 お刺身などで祝膳。
孫やひ孫に囲まれ家族と同居していて幸せな母であることに
同居している兄夫婦そして甥夫婦には心からの感謝です。
いつまでも元気で生きてほしいと念じながら 実家を後にしました。
こうして実家があり母が生きていてくれる...そのことが何と幸せなことかと
思いながら。。。。
by kadens
| 2014-09-16 00:27
| 響き


