2014年 01月 19日
元陸軍少尉小野田少尉との想い出 |

孤独と飢えに闘いながら ご帰国された小野田少尉が他界されました。
我が家にお越しいただいたのは約10年前。
亡き父の陸軍士官学校 陸軍中野学校の後輩だった関係で
お見えくださったのです。
最後のサムライ。。。齢80歳とは思えない凛々しいお姿そして
優しさの中にも戦後30年孤独と闘いながら生き抜かれた小野田少尉が
どんな想いで今の日本を想われているだろうと
亡き父と重なり胸熱くなったのを憶えています。
今後の日本の子供たちの将来を 日本を憂い
【自然塾】をブラジルと日本を往来され開催された小野田少尉。
その想いが叶う日本でありたいと痛感する今宵です。
心からご冥福を祈ると共に
生ある限り 私も日本を愛し日々を大切に生きようと
心に誓いました。 合掌
小野田寛郎の名言
《捜索》とか《救出》ということは
周りが勝手に言っていたこと
私は行方不明者でも遭難者でもなかった
私はただ任務を遂行していただけだ
他人は勝手に私を想像する
三十年間の私を知らないで
出典
よく「何でそんなに頑張ったのか」と聞かれるが
頑張ったのではなく
頑張らざるを得なかったのだ
皆がやっていることを
自分だけくじけたら 笑われるから
出典
人間は一人では生きられない
ルパング島での一番の悲しみは 戦友を失ったことだった
魚は水の中でしか 人は人の中でしか 生きられない
出典
日本に帰還して話をすると
口の両端に唾液が泡みたいに溜まってしまった
ジャングルでは
口を動かすのは物を食べる時だけだってので
体が勘違いしたのだろう
出典
豊かさは自分の心で感じるもの
不便さは何とかなる
最後は自分の五体で何とかなる
出典
計画どおりにいかないことは沢山あるが
思いどおりにはいくものだ
不満など どうってことはない
自分の満足度を少しだけ変えればよいのだから
by kadens
| 2014-01-19 22:32
| 花伝の日々


